耐用寿命WG
1. 製品残存率,耐用寿命,リコールの残存リスク
本プロジェクトでは,データ利用技術の一つのとして,政策当局や事業者が苦慮している残存リコールのリスク評価に関する手法について検討を行っている.その成果として,まず,リコール製品のリスク評価の上で重要なカギとなる製品残存率の推計方法について,米国で開催されたSociety for Risk Analysisの2014年度年次大会で発表し,更にその後の成果を踏まえ,今年度においてはシンガポールで開催されたWorld Congress on Risk 2015でも発表したところである.
そのポイントは,製品残存率曲線r(t)が得られならば,残存リコール製品のリスク評価を比較的簡便な式で求めることができるというものである.実践論としては,製品ごとの残存率曲線をこの方式で蓄積しておき,また公開データとして広く提供することにより,残存リコールのリスク評価が容易に,またエビデンスベースで行えるのではないかと考えている.
そして,この課題について,今年度の研究開発において新たなステークホルダーとの出会いから発展があり,残存率推定からさらに踏み込んで,製品耐用寿命の推定へと課題が広がった.出会いとは,2011年ころから産業界において製品安全問題に関心を有する専門家が有志のグループとして組織した耐用寿命研究会(会長は明治大学の向殿政男名誉教授)の渡部利範氏・菊池敏郎氏との出会いである.研究代表者らが,本プロジェクトの先行研究ともいうべき科研費の研究課題の成果として発表した論文「製品事故データベースと消費動向調査を利用した製品事故率の経年変化の把握」(日本信頼性学会誌)に注目した渡部氏から研究代表者にコンタクトがあり,以降,数回の意見交換を経て,この研究テーマをさらに深化させることができた.
同研究会ではおおむね3年にわたり,メーカで製品安全に取り組むエンジニア20名あまりを中心に,製品の「壊れ方研究」,耐用寿命の研究などを行ってきたが,一つのボトルネックが製品の残存台数が不明であるという点であり,この点の突破ができないことから研究会活動を中断していたという.そうした中で,我々のチームの論文が発表されて,製品の残存台数推定に道が開かれたと感じ,研究代表者へのコンタクトがあったものである(表16参照).
耐用寿命研究会の活動と本研究プロジェクトとの交流経過
年 | 研究代表者の取り組み | 耐用寿命研究会 |
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2007 | 内閣府に「消費動向調査第9表で平均使用年数が発表されていますが,平均値ではなく使用年数別の分布を求めることは可能でしょうか?」と問合せ.オーダーメード集計の存在を知る. | |
2011 | 耐用寿命研究会発足 | |
2012 | 統計センターにオーダーメード集計を依頼.再集計可能な範囲に限界があることがわかる. | |
2013 | 7月 内閣府に統計法33条に基づく利用申請 11月 調査票データが届き,分析に着手. |
第二次耐用寿命研究会(5月~12月) |
2014 | JST/RSITEXプロジェクト採択 | |
2015 | 7月 日本信頼性学会誌に「製品事故データベースと消費動向調査を利用した製品事故率の経年変化の把握」発表. | 渡部氏から左記論文ついて問い合わせ.年末から合同で勉強会を開催. |
2016 | 第1回傷害情報ワークショップで研究計画を発表. |
そして,新しい発展とは,我々の提案する残存台数推計の方法に従って製品事故率の経年変化を求め,これにワイブル分布分析を施すことによって製品の耐用寿命推定に道が開けてきたことである.本研究では生産者,設計者に対するリスク情報のフォードバックを重要な課題としているが,耐用寿命について,マクロ的に観察されたデータからアプローチする方法論を確立することができれば,それは設計者にとって有効なツールを提供することにつながる.
図14にこれまでの数回の打ち合わせを通じて作成されたワイブル分布図を示す.ワイブル分布はもともと物体の強度を統計的に説明するためにW.aloddi Weibullによって1939年に提案された確立分布曲線であるが,時間に対する劣化現象や寿命を統計的に記述するためにも用いられてきた.ワイブル分布は一般化した表現としては次の式で表される確率分布である.
図 テレビとエアコンの事故率についてのワイブル曲線
ここで,mはワイブル係数あるいは形状パラメータと呼ばれ,η尺度パラメータと呼ばれる.Mの値によってワイブル分布はかなり違った形となる.m=1の時には指数分布,m=2ではレイリー分布となる.一般に故障現象は時間軸にそった変化として,初期故障期,偶発故障期,摩耗的故障期に三分されるといわれ,事故率曲線がワイブル分布に当てはまるとき,初期故障期はm<1の場合に,偶発故障期はm=1の場合に,そして摩耗故障期はm>1の場合に対応する.そして,偶発故障期から摩耗故障期に移行する時点δがいわば耐用寿命であり,実際に市場で流通している製品について,耐用寿命がどのくらいの年数となっているのかという点は大変興味深い.
実際に,テレビとエアコンの事故率について本研究の提案する方法で推計してワイブル分布へのあてはめを行った結果が図14である.この図からは,テレビの場合,δが約11年,エアコンのデルタが約13年という結果となった.今後,この結果については更なる改良を施し,実用的な耐用寿命の推定に結び付けたい. なお,製品リコールの対象となっている製品の市場に残存するリスク評価については,すでに昨年度の報告書で簡便な推計式の利用が可能であることを示した.現在,NITEのリコールデータベースによれば,日本では現在約1800件のリコールが未完結のまま存在している.これらの多数のリコールのうちのいずれの製品が最もリスクが高いのか,という問題は,当該リコール製品を抱えた事業者にとっても,また政策当局にとっても頭の痛い問題である.特にキーとなるのは,製品が消費者の手元にどのくらい残留しているのかという点について信頼できるエビデンスデータがないことである.今回,耐用寿命の推定方法についてもめどがついたことにより,メーカにとっても,行政当局にとっても,この課題に対する信頼性の高いエビデンス情報を得る道が開けたことになる.